カメラに残っていた空っぽだった自分

飛行機写真

久々にカメラをさわっていたら、懐かしい写真が出てきた。


2017年の、父親が亡くなった直後。
むしょうにヒコーキが撮りたくなった。
 

このとき以来、写真を撮っていなかった。
だから、これがカメラに残っていた最後の写真。


このときの自分、空っぽだった。
涙も出なかった。


頭上を飛びまわるヒコーキを必死で追いかけながら、感じることは何もなかった。 
 

だけど、そうとう暗かったのが見てとれる。
あらためて写真を振り返ってみると、なんとかして輝きたいという願いを感じる。


そして、飛び立ちたかったんだと思う。
だからヒコーキだったんだ。


あのときは本当に、なぜヒコーキが撮りたくなったか、わからなかった。
言葉にできない想いに突き動かされていたということだ。

 

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「想いは言葉にしなきゃ」と、考え続けていたけれど。
2年もたって、やっと気づく言葉がある。感情はあとから出てくる。


写真を見ながら、とめどなく涙が出てきた。あのときは出なかった涙が。


本当にやりたいこととは、言葉よりも先に、体が動くものだと初めて知った。

 

このとき以来、写真を撮ることをやめた。
カメラを持つと、心がざわつくから。


私は本当は、父と一緒に撮りたかったんだ。
「すごいの撮れたね」って、笑い合いたかった。


だから、苦しくて撮れなくなる。
思い出したくないことを思い出してしまう。


だけど勇気を出して、もういちど写真を撮ってみようか。
ヒコーキの写真を見ながら、カメラを再び持ち歩こうと心に決めた。

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