万能感を手放し、無力感を大切にしよう~謙虚になればイライラは必要なくなる

心理学

自分は何でもできるという「万能感」をもっていると、怒りっぽくなるそうです。「無力感」は人を謙虚にさせ、心を満たす。

 

「万能感」という概念が衝撃でした。

「やる気が出ない」が一瞬で消える方法|自分にはできると思うのは危険です~万能感の弊害

 

「自分は何でもできる」

子どもは誰もが、万能感を抱いています。

子どもにとっては、万能感こそ飛躍のバネとなったのでしょう。

でも、大人になったら、もう手放さないといけない。

「正義のヒーロー」「森の中のお姫様」という妄想を捨ててこそ、成熟するのです。

自分こそが神であるというのが万能感

自分がやらなきゃ!

自分で判断しなきゃ!

良いか悪いかの決着をつけなきゃ!

 

それらは万能感。

自分ができると思っているのです。

自分を万能の神のように錯覚する。

口でこそ、「神」とは言いませんが、思ってることは同じでしょうね。

「○○さんは神だね」「神ってる」というコトバも、よく聞きます。

それは、万能感とは関係ないとは思いますが、ただ、誰もが、神様に憧れていることを象徴しているように感じます。

そうでなければ、そんなコトバも生まれないでしょうから。

自分以外の力を信じているかどうか。

そこがポジティブ思考との境い目になりそうです。

自分を信じるとは、自分だけを信じることではない。

だけど、「自分がやる」「自分を信じる」というコトバが、「自分だけ」「自分こそ神」というイメージに結びついてしまうのだと思います。

その証拠に、何かあるたびにこう考えます。

 

私の何が悪かったの?
どんな意味があるの?

 

この考えの前提には、何が悪いのかを自分でジャッジしなければならないという思いがあります。

しかし、何が悪くて何が良いかは、本当はわからない。

どんな意味があるのかも、自分ではわからない。

そこをジャッジするのは、自分の領域ではありません。神の領域です。

神のみぞ知る~その思いが人を敬虔にさせ、幸せを与える

「神のみぞ知る」

日本でも古来から、山の神、森の神、海の神と、神様を尊ぶ文化がありました。

自分の力ではコントロールできないもの。

ここから先は、自分の領域ではない。

大自然を前にして、謙虚で敬虔な気持ちを養ってきたのです。

それが今は、何でもかんでも自分で解決しようとする。

自分にはできると思っている。

神の領域にまで、ズカズカと踏み込んでいるのです。

「神」と言っても、宗教的な意味での神様というわけではありません。

はかりしれないパワーの源。

自分では、コントロールできないものを尊敬する気持ちです。

例えば、呼吸でさえも、自分でコントロールできるものではありません。

なぜ動いているのかなんて、考えてもわからない。

人間には、わからない力が、たくさん働いているのです。

生命をはぐくむ大きな力の存在を信じ、自分には何もわからないし、何もできないことを自覚する。

それが、「神のみぞ知る」というコトバではないでしょうか。

自分にはできると思うからイライラする

イライラするのは、謙虚な気持ちをなくし、自分で何でもやろうとするからです。

相手のことさえもコントロールしようとする。

だけど、自分には踏み込めない領域があることを思い出さなければなりませんね。

人間はもともと、無力な存在。それを認めれば、イライラすることもないのかもしれません。

だって、すべてが思いどおりにはならないのですから。

そんなふうに、大きくとらえてみると、いいかなと思いました。

なんだか、風景写真を撮りにいきたくなってきました。

 

ということで。

 

まとめ
大自然の中で、無力な存在である自分をイメージしてみよう。

深呼吸をしながら。

自分でコントロールできるものなんて、何もない。

だんだんイライラがおさまってくるかも…

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