協調性がないというのは、信念のない人のクレームにすぎない?

「自信がないので協力してほしい」というのが本音であって、「協調性がない」と怒るのは、相手の自己正当化ではないか?

 

協調性がないと言われ続けた
媚びを売れってこと?

いちご

 

自分に自信のない人は、相手を理解できなくなると怒り出す

協調性がないと言われても、自分ではわからない。

自分の思ったことをやってるだけだし、自分の力を発揮しているだけ。

黙ってると、「黙るな!」って言われるし。

しゃべると、「しゃべるな!」って言われるし。

 

相手に禁止令を出す人って、自分に自信のない人なのかもしれない。

自分には理解できないということを、人のせいにして怒っているだけ。

抜きん出たものを見ると不安になるから、抑えつけようとする。

それが日本の、「出る杭は打たれる」という文化でしょうか。

 

ちなみに、怒る人というのは、私の母の話です。

理不尽な理由で怒られ続けました。

それが思い込みになってしまったからか、似たようなことが家庭以外の場でもどんどん起きてきます。

未解決の問題を解決するための、チャンスでしかない

未解決の感情が残っていると、それを解決させようと、同じような状況が次々に出てくるそうです。

それは、自分が悪いわけじゃなくて、再試験のようなもの。

このまま落第というのは、あまりに可哀想だから、救済制度をとってくれているのです。

学校だと、問答無用に退学・留年よりも、再試験とか補講とか、もういちどチャレンジができるって有り難いですよね。

だから、「なぜ、いつもこうなの…」と落ち込むよりも、ラッキーだととらえてみたらいいと思います。

おかげで、落第点をまぬかれるのです。

もういちどチャレンジし、うまくいけば上へとあがれる。

楽しんで取り組めたらいいですよね。

さて、何を解決したらいいんだろう

あいかわらず、イライラする日々。

私は普通にしているだけなのに、「協調性がない」「自分勝手だ」「その言い方が悪い」と言われる。

いや、事実、そうなんでしょうけど、だからこそ、本を読んだり学んだりして、スキルを身につけようと思っているわけですが…

やはり、理不尽さも感じる。

それ、自分ができないだけじゃないのか?

自分に自信がないだけじゃないのか?

もしかしたら、嫉妬されてるのかもしれない。うらやましがられてるのかもしれない。

 

嫉妬ならば、しょうがないかな。

 

思えば母も、私に対する嫉妬でした。

何もしなくても愛される、無邪気な3歳児を見てると、そりゃあ嫉妬くらいしますよね。

嫉妬なんだからしょうがないかもしれない。私の協調性のなさを、ことさら悩む必要もないかもしれない。

そんなふうに、自分をなぐさめたくなりました。

まぁ、自分に自信がないのは、私のほうですが。

 

ということで。

 

まとめ
協調性とはいっても、自分を抑えることとは違うよね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です