【ゲシュタルトの祈り】「私は私」ポジティブ思考は危険。期待に応えるのも危険。

心理学

「私は私のことをする、あなたはあなたのことをする。」

その確信が、自分を明るくするコツかもしれません。

 

ポジティブ思考は危険です。期待に応えるのも危険です。

その根底に、自分への確信があるかどうか?

そこを問いかけてみよう。

ポジティブ信仰はノイローゼをつくり出す

ポジティブ思考の本がたくさん売れています。そういう系のセミナーもたくさんあるし、そういうことを言う人もたくさんいます。

ただし、ポジティブ思考には大きな落とし穴があります。

「ポジティブ思考ではうまくいかない」という研究結果も出ているほど。

きっと、もともとポジティブで天真爛漫な性質の持ち主は何も問題ないのだと思います。

一番危険なのは、ネガティブ思考の人が、ポジティブにならなきゃ!と無理をすること。

その無理は、必ずどこかで限界がきます。

それはもはや、「ポジティブ思考」ではなく、「ポジティブ信仰」のようなもの。

あまりにも崇拝しすぎて周りが見えなくなり、自分を見失い、頑張っているようで実は「ポジティブ信仰」に依存しているだけ。

ポジティブ信仰はノイローゼを生み出す可能性があるのです。

 

ネガティブに考えちゃいけない!

ポジティブに考えなくちゃ!

こんな考えはダメだ!

落ち込んではいけない!

 

そういう考えにとらわれすぎてしまうんですね。

それはもう、全然、「ポジティブ」じゃない。

 

だから、ポジティブに考えられない人は、無理してポジティブになろうとしなくていい。

それよりも、ネガティブ思考を認めてあげるほうが効果があります。

ありのままの気持ちを見つめるということです。

期待に応えようとすると、期待に応えられなくなったときに壊れる

マジメな人、愛されたい欲求の強い人は、他人の期待に応えようとします。

期待に応えられているうちは、とても元気。

だけど、期待に応えられなくなったときに、突然、限界がくる。突然、壊れる。突然、キレる。

 

こんなに頑張っているのに!

 

そんなウツウツとした気分が襲ってきます。

期待に応えるというのは、けっこう危険。

 

そして、期待に応えている人は、他者にも期待します。

他者が、自分の期待に応えてくれなかったとき、どうしようもない怒り・イライラに襲われる。

イライラが止まらなくなって、心のコントロールが不能になっていきます。

 

やっぱり、期待は危険。

 

かといって、期待しなければいいかというと、そんな話でもない。

何も期待しないと、今度は「無気力」な人生になってしまいます。

大切なことはバランスを上手にとっていくこと。

そして、自分の素直な気持ちを伝えるようにすることです。

心のコントロールがうまくできない人は、必ずコミュニケーションの問題も抱えています。

ちゃんと、自分の要求や要望を伝えられないんですよね。自分の要求に自覚もできていないかもしれません。

期待に応えるだけではなく、自分の素直な気持ちを表現することが大事です。

自信がない人はムキになる~自信がある人はブレない

次のような逸話があるそうです。

風にはためく旗を見て、動いているのは風なのか? 旗なのか?という議論。

 

ある人は、風が流れているんだ!と主張。
ある人は、旗が揺れているんだ!と主張。

 

本当に「風だ」と確信をもてている人は、「旗かもしれないなぁ」と思える。

本当に「旗だ」と確信をもてている人は、「風かもしれないなぁ」と思える。

だけど、自信のない人は、ムキになって自分の考えに固執します。「絶対にこっちだ!」と。

確信があり、自信がある人は、違う意見を聞いても、「それも一理あるかもなぁ」と思えるということです。

 

「弱い犬ほどよく吠える」というのは、やはり真実ですね。

なぜなら、自分の意見をくつがえされることが怖くて仕方がないから。

実は間違っているかもしれない。自分でも本当はそう思っていて、それを見破られたくないから必死になるのです。

 

ムキになってしまうとき、自分の意見にこだわってしまうとき、「あれ? 自分は自信がないのかな? この意見に確信がもてていないのかな?」と考えてみるといいかもしれませんね。

暗い人ほど日に当たっている

「暗い」

この漢字をよく見てみてください。

実は、「日」が2つもあります。そして、「立て!」と言っています。

 

「明るい」

逆にこの漢字は、「日」が1つしかない。しかも「月」がある。ほのかな明るさです。

 

つまり、「暗い」ほうが「日に当たっている!」ということです。

「日を求めている」と言ってもいいかもしれません。

どう解釈するかは自由です。

私としては、暗くても明るくても、結局は「日」が大事なんだと感じました。

「日」を見ていこう。太陽の方向へ。

ゲシュタルトの祈り~自分を生きよう

「ゲシュタルトの祈り」という詩があります。

迷ったとき、ノイローゼになりそうなとき、この詩を思い出してみると勇気が出てきます。

 

ゲシュタルトの祈り
私は私のことをする、あなたはあなたのことをする。

私はあなたのために生きているわけではないし、あなたも私のために生きているわけではない。

あなたはあなた、私は私。

もしも、お互い出会うことができたら、それはすばらしいこと。

もし出会えなくても、それはしかたのないこと。

 

「私は私のために生きている」

「人のため」とは言っても、そこが根本になければ元気は出ませんね。

「私は私」

元気が出ないときは、ゲシュタルトの祈りを思い出そう。

まとめ

ポジティブ信仰、期待に応える、ムキになる

そこに共通しているのは、「私は私」との確信がもてていないこと。

「日」を求めながら、自分の人生を生きていく。そんな人生を心がけていきたいです。

 

ということで。

 

まとめ
「私は私」という確信。

その確信があってこそ、ポジティブも、期待も、他者との交流も、イキイキと輝いてくる。

 

 

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