人生で起きることはすべて正しい~どう解釈するかが試される

成長

事実は1つ。解釈は無数。良いと思うのも悪いと思うのも、すべては自分の解釈。

起きた出来事に対して、どう解釈しますか?


ある出来事が起きたとき、それをいいと思うか悪いと思うかは、人によって違います。

持つべきなのは、「出来事が正しい」という視点。

間違った出来事なんて、起きないんです。

自分はなぜ、そう感じるのか?

イヤなことが起きると、「なぜなんだ!」と思い、割り切れない・消化しきれない気持ちを抱えたまま、モンモンとしてしまうことがありますよね。

そんなときは、とてもしんどいもの。

ただし、ここで重要なことは、自分はなぜ「しんどいと感じているのか?」ってことです。

出来事そのものには、いいも悪いもありません。

そして、人によって受け止め方・解釈の仕方が違います。

「しんどい」と思う気持ちの中に、自分の信念や思い込み・願望がいっぱい詰まっているからです。

そこを見つめてみると、自己理解が進みますね。

つらくなったり落ち込んだりすることが悪いことなのではなく、自分を理解するための糧にすればいいのです。

出来事が正しい。現実が正しい。

もうひとつ大事な視点は、「出来事が正しい」という見方です。

目の前で起きている出来事は、常に正しい姿を見せてくれます。

たとえば、テストで0点を取ったという出来事があった場合、「0点」が正しいのです。「こんなはずはない」と思ったところで0点は0点。

その理由は、自分が勉強しなかったからか、まったく違う範囲を勉強していたからか、何かしらの理由がある。

出来事が正しいのです。

現実は、自分の努力の結果をちゃんと見せてくれている。

もしくは、間違った方向に行こうとしているのを阻止してくれているのかもしれません。

だから、起きている出来事が正しい、現実が正しいことを、どこまで信じることができるか。

どう解釈するかが試されています。

出来事に、自分の解釈をすり寄せていく

「出来事が正しい」ということは、その出来事に、自分の解釈をすり寄せていったほうがうまくいきます。

例えば、デジタル社会の真っ只中で、自分はアナログだけでいい!と誇示していると、とても損をしてしまう。

デジタルカメラが普及し始めた当初、デジタルを否定し、フィルムにこだわった写真館はどんどんつぶれていきました。

人も社会もどんどん変化するので、そこにどう自分をすり寄せるかが大事になってきますね。

それはプライベートの小さなことでも同じことです。

自分の解釈にこだわるのではなく、現実に合わせていく。

そこが常に試されます。

考えてみれば、地球上の生物はみんな、環境に合わせることで進化をしてきました。

気候の変動や環境の変化に合わせて、そこで生き延びるスベを身につけることが進化をするということなのでしょう。

ということは、自分が進化・進歩するためには、現実に合わせて解釈を変えていくことが重要だと言えそうですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です