イライラが生まれた理由~ブログの紹介

いちご

ここでは、ブログを始めた経緯について説明しています。

 

私は、幼い頃からずっとイライラしてきました。

 

愛されないイライラ
自分を出せないイライラ
理解されないイライラ
恵まれない環境にイライラ
他人の言動にイライラ

 

心にためこんできたイライラが、ずっと自分を苦しめていました。

長い長い闘争に疲れ果て、かかげた白旗。

もう受け入れるしかない。戦いはやめよう。

そうしたら、ふと気づきました。

 

イライラは悪者ではなく、何かのシグナル(合図)かも?

 

それは、遠い遠い、過去の自分からのメッセージ。

だから、大切な自分の一部として、丁重に扱っていこう。

イライラはイメージが悪いので、カワイらしい「いちご」の姿に変えてみます。

 

カワイイって言われると、イライラするぞ

いちご

 

そんなわけで、いちごのブログです。

ご訪問ありがとうございます。

 

 

イライラが生まれた理由

私には兄が2人います。

 

私は、3番目にして待望の女の子!

 

周囲からは、ものすごくチヤホヤされました。特に父親からは溺愛です。

幸せだったと思います。何をやっても可愛がられるので。

しかし、そこには想像もしてなかった落とし穴が。

 

チヤホヤされることで、2人の兄からは嫉妬され、憎まれ、疎外される日々。

しかも母親は、結婚した瞬間から離婚したかったという、折り紙付きの旦那嫌い。

私は、父親ゆずりの性格のうえ、父から溺愛される娘。

反感をかわないわけがありません。

 

愛される反面、自分の存在がみんなを苦しめているという罪悪感。

そんなものを抱いてしまったんです。

 

私は、愛されちゃいけない。
自分を隠さなきゃいけない。
皆のために、我慢しなきゃ。

 

もちろん、今、家族と話せば、「は? なんで?」という返事がくると思います。

だって、子どもが出した決断ですから、正しいわけがない。

それでも、「三つ子の魂百まで」というように、人は、3歳までに培った信念でずっと生きているものです。

 

しかも私の場合、かなり筋金入りの信念でして。

小中高ではイジメが続き、友達は一人もいない。

親友ができても、私が引っ越すか、相手が引っ越すかで必ずいなくなる。

社会に出てからは、バーンアウトすることも多く、職場は転々。

ところが、行くとこ行くとこ、みんなブラック企業。

しかも必ず、こじらせ女子がいる。(いや、本当のこじらせ女子は自分でしょうけど)

現在も進行形。

 

なぜ、こんなことばかりが続くのだろう?という疑問に結論も出ぬまま、衝撃的な出来事が起きてしまいました。

 

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突然すぎる、父親との別れ

2017年11月、父親がガンで他界。

ガンであることは、その2年前に知ったのですが、経過は良かったし、副作用もないし元気だし。

ガンと共存しながら生きていくんだね~なんて、皆で笑っていました。医師からの余命宣告もありませんでした。

安心し、油断していた頃、その日は突然やってきた。

 

私は一体、何をやっていたんだろう…

 

それからの数か月間は、まさに「抜け殻」とはこういうことなのかと実感する日々。

父親は私にとって、思っていた以上に心の支えになっていたようで。

今でも本当に、寂しいです。

こんなことなら、もっと一緒に過ごしておけばよかった。

油断していたというのもありますが、私は、父親と過ごす時間を優先しませんでした。

自分のやるべきことを放棄するのは違うと思ったからです。

その判断は、今でも間違ってはいなかったと思っています。あのとき父親を優先していたら、今は違った種類の後悔があったはず。

だけど、実はもう一つ、大きな理由がありました。

 

生き甲斐は孫なんでしょ?

いちご

 

私は独身で、子どもがいません。兄妹には子どもがいます。

父親のモチベーションは、まぎれもなく孫でした。「この子の成長を見届けなきゃ」と。

私は、としがいもなく、スネていたのです。

孫がカワイイのは当然だよね。しょうがない。そう思って自分を優先することにしました。

こんなに早く逝ってしまうとは、思いもよらなかったから。

 

さすがに落ち込んだ…

いちご

 

ただ、亡くなる直前に父と2人きりで過ごせたことが、唯一の救いになってます。楽しく昔話なんかもしました。

生涯、忘れられません。

そして、最期の最期に父親が残した言葉とは。

 

 

「自分は、人の気持ちのわからない人間だった」

 

 

頑固一徹、他人の意見にはテコでも動かない。そんな父親が発した言葉。衝撃でした。なんとも返事ができませんでした。

死を目前にして、何を思っていたのでしょう。

私は父親譲りの性格なので、今でも強烈に脳裏に刻まれています。

しかも、最期に父が求めたのは、孫ではなかった。「娘の私」でした。

 

そんなぁ

いちご

 

このままの自分でいては、本質が何も見えなくなる。父も喜んでくれない。何とかしなきゃ。

ヘロヘロな精神状態のなか、吐き出す場所が欲しくて、ブログを始めてみることにしました。

それが2018年6月のこと。

最初は、はてなブログで始めました。

3歳児の夢~ブログを書いて気づいたこと

記事の内容は主に読書ネタでしたが、毎日毎日、読書とブログを続ける中で、だんだんと見えてきました。

「間違ってるのはわかってるけど、やめられない」と思うとき、間違ってるとわかってるのは、大人の自分。

やめられないのは、3歳の自分。

まるで他人のように、3歳の自分は、自分をあやつり続けます。

 

だってイライラが止まらない。

いちご

 

今はもう、わかってるんです。3歳までの自分の考えが正しいはずがないと。

「子どもの頃のように純粋に」って言いますが、3歳までで既に信念ができちゃってますから、一体どれが純粋な思いかなんて、わかんない。

この気持ちは純粋だと思っても、そこにも裏がある可能性があるわけです。

胎児のときでさえ、安心感や不安感は抱いている。

布団の中で体を丸めたり、水の中で安心したりするのも、お腹の中を思い出すからだと、よく言いますね。

その頃から自分を形成しているんです。

なんと、めんどくさい…。

自分という人間が、一番めんどくさい。

だから、いっそのこと忘れちゃうっていうのも手です。

どんなにあがいたところで、「3歳の私」が見ている世界ですから。

視野が広いわけがない。

現在の自分が考えている過去は、正しい過去ではありません。

そんな過去は、なかったことにする。

それができたらラクですね。

 

イヤだ、否定しないで。

いちご

受け止めてみる。

愛される自分には価値がない?

「出る杭は打たれる」

 

ある日、その言葉が引っかかりました。

「打たれる」ことは、わかっている。ということは、自分が「出る杭」だってことも、わかっている。

つまり、「愛されてる」ことは、わかってるんです。

「愛されすぎて打たれる」ことを恐れているのかもしれない。

 

え? 愛されたい欲求じゃなかったの?
愛されても憎まれるだけ。いいことないじゃん?

いちご

 

ずっと勘違いしてました。

イライラの原因は、「愛されたい欲求」なのだと。

だけど、何かが違う。

愛されたところで満たされない。

大きな結果を出しても満たされない。

「愛されたい欲求」を満たそうとすると、余計に「イライラ」してくる。

 

なぜ?

 

本領を発揮すると抜きん出てしまうから、これでもかと打たれまくったのか?

いや、自分から打たれにいったのかもしれません。

じゃなきゃ、こんな不運が続くはずがない。

「嫌われる勇気」で有名なアドラー心理学では、トラウマを否定しています。

あくまで自分で決めたもの。目的は自分の中にある。

私は、おとなしく打たれて引っ込むことで、守りたかったんです、全力で。

何を守りたかったのか?

 

それは、自分の価値

 

だって、愛されてる自分には価値がないのよ

いちご

 

それが、3歳の私の判断だったのです。

愛されても愛されても、嫉妬され憎まれるだけなら、そんな自分に価値があるとは思えない。

「愛されない」イライラではなく、実は、「自分には価値がない」というイライラでした。

腑に落ちてきました。

 

小さな成功体験を積み重ねれば、自信が持てる。

 

よくそう言いますが、私には無意味なこと。だって、「愛されてる自分には価値がない」と思っているから。

 

愛されたくて努力した結果、愛されても幸せじゃない。
頑張って結果を出しても、楽しくない。
人に褒められても、嬉しくない。

 

何をやっても楽しくないし、幸せじゃないし、寂しくて仕方ない。

生きた心地はしませんでした、ずっと。

成功体験よりも何よりも、「自分には価値がある」ことを理解するほうが、私には重要課題だったようです。

 

ダイヤモンドはイライラしない。

自分に最高の価値があることを知っているから。

価値がないと決めたのは自分ですが、納得はできてないわけです。

隠しても隠しても、本音はこぼれてきてしまう。

 

イライラの正体は、「過去の自分」

 

今、目の前の現象にイライラしているわけではありません。過去から引きずってきている、どうしようもないイライラ。

「目の前の問題はダミーである」と言われる理由は、それでしょうね。

 

だから、イライラが出てきたら、過去の自分とつながるチャンス

3歳までの自分が目にしていた世界と。

 

「何を訴えているのか?」

 

過去の自分に問いかけ、大事に受け止め、味わってみる。

拒絶せずに仲良くしてみる。

最後には解放してあげる。

そんなプロセスが大事です。

そんなわけで、ブログを続けてみよう

セツナイ文章になってしまいましたが、私は、大人しくて、気配りができて、優しいタイプ……ではありません。

 

見た目と違うとよく言われます。
頑固で負けず嫌い。父親似だもの。

いちご

 

自分をコントロールする方法の本は好きですが、スピリチュアル系はキライ。

心理学が好きだけど、ポジティブ系は面倒に感じる。

キャリアウーマンではないけど、ビジネス本はけっこう好き。

男兄弟に囲まれたせいか、男性的な考え方は大好き。逆に、キャピキャピしてる女子トークは大の苦手。

そして、他人に興味がない。

Win-Winというけれど、「自分」と「他人」とのWin-Winの前に、重要な問題が横たわっている。

 

アタシだってWinがいいのよ。

いちご

 

「自分」と「自分」とのWin-Win。「自分」を笑顔にしてあげること。何ごともそこから始めること。

 

そんなわけで、自分のコントロールが、ブログの主目的です。

 

ということで。

 

イライラがくれたもの。

読書とブログの楽しさ。

「自分の価値に気づいてよ!」っていう3歳児の夢。

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